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自由なき人生など、惨めなものだ - Andrew Hamilton

さぁ、Coccoについて語ろうか

f:id:yRy:20160822204938p:plain Cocco 「有終の美」 Music Video+メイキング 

 

Coccoに救われた私がCoccoについて語れることを書き連ねる。

 

 

 

私とCocco

 

私がCoccoを知ったのは、大学一年生のころに交際していた彼女の影響だ。その彼女は統合失調症だった。左の手首には常に新しい切り傷があった。

彼女は『樹海の糸』『焼け野が原』『けもの道』『雨ふらし』と言う曲を好んで聞いていた。Coccoの音楽を聴くと安心する、それが彼女の口癖だった。

 

その子とはすぐに別れてしまった。
しかし、その子を契機に知るところとなったCoccoというアーティストは私の人生の随所で大きな役目を果たした。

 

この世から消えてしまいたいとき、欲しい愛が得られない時、そんな時に私はCoccoの曲を聴いた。そうやって、いくつもの夜を堪えた。

一時など、Coccoの歌だけが私の居場所のように思われた。 

 

私にとってCoccoとは紛い物の太陽だった。
 

あたしの上には太陽なんかなかった。いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあったから。太陽ほど明るくはないけど、あたしには十分だった。あたしはその光によって、夜を昼と思って生きてくることができたの。 引用;『白夜行』東野圭吾

 

Coccoの歌によって救われる者

 

Coccoの歌詞には、リストカット、レイプ、裏切り、自殺、といった概念がふんだんに盛り込まれている。 

救いのない世界と切り結ぼうとするその歌詞、その歌声に心を強く揺さぶられる人種をメンヘラと呼ぶならば、私はきっとメンヘラだ。 

 

だが、私はこうとも言いたい。 

Coccoの歌によって救われるような人種こそが「正常」なのだと。

 

メランコリアという映画を御存知だろうか。

 

 

内容を簡潔に説明する。

鬱に絡めとられていく女性の奇行に周囲の人がドン引きする。しかし、「隕石が落ちます。みんな死にます」となった瞬間に、正常な人はパニックになって自殺したり泣きわめいたりなどの様相をさらすが、鬱病の女性は逆に冷静になる、というストーリーだ。

 

監督ラース・フォン・トリアーは鬱病の時に、この作品を撮った。 

彼は「この作品を見ると、安心する」と語っている。

 

つまり、「隕石衝突のようなイベントが起こると、だいたいのやつらは奇行に走るだろうが、お前らが馬鹿にしてきたような人種が理性的なふるまいをみせるとしたら、お前らはどう感じるかい。きっとそうなるだろうな。頭がおかしいのは常識人を気取っているお前らで、俺はずっとまともさ」と言いたいがために生まれた作品だ。

 

Coccoの歌もこれに近いものがあると感じている。 

「喪失体験」の傷が多すぎて、生きることが苦しくて苦しくて仕方がない人にとってCoccoの歌は救済になる。

 

Coccoの歌が好きな芸能人 

 

  • 新垣結衣
  • 香取慎吾
  • マツコ・デラックス
  • 稲葉(B'z
  • 松山ケンイチ
  • 土屋アンナ
  • hide(X JAPAN)
  • 浜崎あゆみ

 

脱線するが、私は以下の記事を読み、マツコ・デラックスをさらに好きになった。
彼女もまた、Coccoの歌を慰めにしていた一人と知ったからだ。

 

www.news-postseven.com

 

 復帰後のCocco

 

Coccoはファンに対して、冷めた感情を強く抱いていたように思われる。

お前らに、わたしのことなんか理解できるはずがないし、してほしいとも思わない。そう言わんばかりに、ステージの下にいる聴者に泣くのを我慢する幼子のような視線を投げ、雄叫ぶようなシャウトで歌うCoccoの姿を見るたびにそう思う。

それでも、彼女は葛藤している。いくら突き放しても見放さない優しい人、相手を試すために重ねた罪を赦してくれる存在、そういったものへの渇望にちぎれそうな彼女の心が、彼女の歌う姿にあれほどの迫力をもたらしているのではないか。

本人の意思はどうであれ、Coccoは、ファンにとっての「まがい物の太陽」であり続けてきた。

しかし、復帰後のCoccoは「まがい物の太陽」になることを拒否し、自分なりの前向きさを表現しようとしている、と私には感じられた。

心の強さには個体差がある。普通の人なら耐えられるストレスであっても、心を壊してしまう人がいる。繊細な心を持つ人にとっては、生きることそれだけでも大変なものである。前向きになることは、後ろ向きになるより何倍も難しいことだ。

いわんやCoccoをや、である。 

 

そのCoccoが明るい歌を歌っている。

 

Coccoは、過去を振り切ろうとしている。 

ならば我々もいつかは、Coccoの過去の作品に入り浸りだった自分をやめなければいけない。

最近のCoccoの曲には毒が無くて好きになれないという人の感性を否定するつもりはない。それは人それぞれだ。しかし私は、Coccoの最近の歌に、明るいエネルギーをもらっている。

Coccoが前へ進もうとしているように、私もダークサイド面に落ちていた自分を振り払って、前へ進まなければいけない。 

生きたいという切実な想い、生きる場所への固執、もう世界なんか壊れてしまえという感情の暴走と、分裂しそうな自我をつなぎとめようとする理性の境目にある感情。

 

そういったものから卒業する時が来た、

 

わたしは卒業しようと思う。

これからCoccoを聴くとき、私は決してそこに救いを求めはしない。 

 

 

 


Cocco 「有終の美」 Music Video+メイキング

 

余談:上のvideo、Coccoが新垣結衣に見えるのは私だけだろうか。(なお、新垣結衣もCoccoファンである。)

 

 

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