Style 21世紀×Deaf×INFP

自由なき人生など、惨めなものだ - Andrew Hamilton

純文学や芥川賞が面白くなる、たった1つのポイント

f:id:yRy:20191201023311j:plainPhoto by japanesefilmarchive

 

私の場合、純文学の面白さに目覚めたのは成人してから後だった。

純文学が好きと話すと「人生がよほどつまらないんだね」といった反応をしばしば受ける(どういうわけか文学部出身にそういった反応をされることが多い)。

生きる上で、純文学を面白く思いながら読めるようになる必要はない。面白く読めるからといって人生が劇的に変わるようなものでもない。

 

それでも、純文学を「面白い!」と思えるようになりたいあなたに

純文学が面白くなるひとつのポイントを伝えたい。

 

 

これから、2つの問いをする。

このふたつの問いこそが重要である。

 

 

1つ目の問いは簡単だ。

あなたは美しい景色を眺めることが好きですか?

答えがイエスならば、きっとあなたは純文学のことを好きになれる。

 

 

2つ目の問いは、答えるのに労力を必要とする問いである。

 

時間の取れるときに考えてほしい。

問いは以下の通りだ。

 

美しい夕暮れ時をイメージして、その光景を純文学的な文章にしてください。

  

己の頭とノート以外に使っていいのは、類語辞典だけだ。

類語辞典・シソーラス・対義語 - Weblio辞書

 

細かいルールは無い。どういうシチュエーションでも、どういう文体でも、どのくらいの文字数でも、一切構わない。

ただし、ここでどの程度本気になれるかで、純文学が好きになれるかどうかが決まる。 最低でも5分はかけて文章を作ってほしい。

 

 

・・

・・・

・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

さて、作成できただろうか。 

夕暮れ時を読み手の脳裏に映し出す渾身の文章ができたはずだ。

 

 

ここで、次の「夕暮れ時」の描写を読んで欲しい。

 

昭和文学の最高傑作として数えられている開高健『夏の闇 (新潮文庫)』の描写である。

 

淡くて華やかな黄昏はゆっくりとすぎていき 、やがて夜が水のように道や、木や、灯や、人声からしみだして、大通りいっぱいにひろがっていき、いつとなく頭をこえ、日蔽いを浸し、窓を犯し、屋根を消して、優しい冷酷さで空にみちてしまうのだが、そうなるまえにほんのわずかのあいだ、澄明だが激しい赤と紫に輝く菫いろの充満するときがある。ほんの一瞬か、二瞬。気づいて凝視しにかかるともう消えている。きびしい、しらちゃけた、つらい一日はこのためにあったのかと思いたくなるような瞬間である。大通りいっぱいに輝く血がみなぎり、紙屑から彫像、破片から構造物、爪から胸、すべてを暗い光耀で浸して、ひめやかにたゆたう。

 

 

もし、この文章を「すごい」と思えたならば、

あなたは純文学の面白さを知ったことになる。

 

純文学とは、本来、そうやって楽しむものなのだ。

物語を楽しむものではない。

 

開高の文章にある一つ一つの単語を眺めると、咄嗟に頭から取り出せるレベルの単語が多い。ところどころ難しい単語もあるが、類語辞典さえあれば、あなたにでも使える単語だ。

 

「なのに、なぜ自分の文章とここまで違うのか」

その気持ちを大切にしてほしい。

その気持ちを抱いている限り、純文学は魅力的な読み物になる。

 

夕暮れの空を眺めている時、

何を考えるか、

どのような気持ちになるか、

息遣い、感傷、美しいと思う心、温度、

それらを表現しようと試みているのが純文学である。 

 

日本語の可能性を限界まで追及しているのが純文学なのである。

 

 

純文学が面白くなるたったひとつのポイントとは、次の通りだ。

 

美しい景色を眺めるように、

美しい文章を眺める感覚さえあれば、

あなたはきっと純文学のことを好きになれる。

 

夏の闇 (新潮文庫)

夏の闇 (新潮文庫)