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自由なき人生など、惨めなものだ - Andrew Hamilton

悩みは執着から生まれる; 我々はみな『足のない鳥』だ

f:id:yRy:20160422183548j:plainphoto credit: I don't know what to do with myself via photopin (license)

足のない鳥がいた。
枝に止まることもできず、ただ飛び続けるしかなかった。 疲れた時は風の中で眠った。 地上に降りる時は、ただ一度、死ぬ時だった。
鳥の名は、欲望と言った。
引用元:テネシー・ウィリアムズ「地獄のオルフェウス」

 

悩み多き時代だ。学業、恋愛、仕事、健康、そして将来、人は悩まないと生きてゆかれない。

他の人はうまくいっているのに、なぜ私はうまくいかないのだろう。あの人は、お金持ちで容姿も良い。なぜ私は貧乏で容姿も醜いのだろう。なぜあの人は私のことを好きになってくれないのだろう。みんな健康なのに、なぜ私だけがこんな不健康な体に生まれてしまったのだろう。

世の中は、こういった悩みで溢れている。

 

なぜ人は悩むのだろう

人の価値体系は、「わたしはこう思う」という主観を寄せ集めて構成される。しかし、その人の主観のほとんどは、世間の常識、社会に影響を受けている。髪型、着る服、起きる時間まで、我々が認知するありとあらゆるものは、社会基準を評価軸にしている。

社会のデファクトスタンダードに上手く調和できなかったとき、人は苦痛を感じる。
「わたしはマイノリティであることに誇りを感じている」と豪語する人は、少数派である苦痛から解放されるためのプロセスを経ている。つまり、一応は苦痛を感じている。

ここまで書いたことに気付いている人はたくさんいる。
しかし、この気付きを日常レベルに落とし込めている人は少ない。

 

「社会基準の影響を受けている」ということをとてつもなく深いレベルで理解したとき、人が悟ること、それは

人は、自身の人生に意味を求めすぎている

ということだ。

 

「わたしは、社会に適合しなければいけない。マジョリティでなければいけない。しかし、容姿や能力が優れていたり、社会的成功を収めたりなど、優勢マイノリティな面を持たなければいけない。わたしは本当に好きになった人としか結婚したくない。誰よりも長生きしたい。誰よりも幸せになりたい。」

これでは辛くなってしまう。

人生に要求するものが増えるほど、悩みは増える

いまの日本は、組織の一員として働く生き方よりも、自分らしさを追求する生き方が良しとされる時代になりつつある。

しかし「自分らしい人生」の中身といえば、誰にも縛られず、社会に影響を与える仕事をしつつ、安定した生活も手に入れる、という我儘なものである。

自分も社会も満足できるような生き方を「自分らしさ」と表現しているにすぎない。

自分らしさを追求する価値観自体、内面から生まれた純粋な感情からかけ離れている。

3歳、4歳のとき、「自分らしく生きたい」という悩みがあっただろうか。せいぜい、おもちゃがほしい、お子様ランチが食べたい、という悩みだったろう。

現在、内戦中のシリアに、自分らしく生きることを推奨するような社会的潮流があるだろうか。自己実現よりも生そのものに切迫した集団ダイナミクスが働いているはずだ。

人は、自分の人生モデルを、属している社会のムーヴメントに基づいて構築する。そして社会ムーヴメントは、抗う気力さえ奪うほど強力な集団凝集性を持つ。

人は、歳を取るほどに、社会ムーヴメントの影響を強く受け、人生への注文を増やしていく。人生への注文が増えるほど、悩みは複雑性を増す。

頑張り屋な我々は、破裂寸前まで肥大した「こうあるべき自分の姿」をなんとか形にしようとする。

「こうあるべき自分の姿」を形にできなかったとき、もしくは形にできないかもしれないと怖くなったとき、人は悩む。

人が悩むのは、それを実現しないと、自分の価値観を、ひいては社会の価値観を裏切ることになるからだ。

 

 

我々の人生はメリーゴーランドのようなものだ。

メリーゴーランドに乗り、馬に右へ行け、左へ行け命令したとしても、馬は決められたルートしか走れない。同じように、人生にもある程度の筋道がある。人生の大いなる意志は、コントロールできない。

ただし、我々はメリーゴーランドの外には出られないが、馬を変えることはできる。

結局、悩める人はひとつの馬にしがみついたまま、なにかを後悔し、なにかに恐怖し、なにかに憧れ、ちゃらちゃらと回っているのだ。

さぁ、執着を手放そう

我々は、違う個性、違う考え方をもって、同じ世界に生まれ落ちた。
しかし、この世界は、人格を統一する方向に力が働いている。

その力に抗おうとするから辛いのだ。
その力に従おうとするから悩むのだ。

あなたにできることは、この世界の全てを無意味にすることだけだ。

「どうでもいいよ、めんどくせぇ」というスタイルを作ることだ。

 

実際、いまこの瞬間、地球にいる人は、120年も経てばみんな土に還る。120年後に存在しない人が、お互いやいのやいの言い合っている。あなたが立派な人間だろうと、ゴミ人間だろうと、太陽は昇るし、風は吹く。

 

悩みを捨てきれないのであれば、海外で放映されている紛争のニュースを観ればよい。
調べればいくらでも出てくる。荒療治だが、人生の観方をガラッと変えるだろう。

もしくは、ムヒカ大統領の名言を読んでみよう。
SNSで大いに拡散された名言だが、理解しているのは0.1%もいないだろう。ムヒカ大統領の言葉が理解できていれば、仮に全てを失っても、あなたは悩みなく生きてゆける。いまのあなたならムヒカ大統領の言葉が理解できるはずだ。

 

www.asahi.com

 

 

あなたが生きて、この世界を知覚している。
それだけが、それこそが、最も尊いことなのだ。


たとえ明日、地球に隕石が落ちるとしても、大した悩みじゃない。

今日までの人生に、自分なりの色付けができたかどうか、が大切なのだ。借金まみれでも、無職でも、独り身でも、さんざん人に迷惑をかけたとしても、あなたが世界に関われていることが尊いのだ。

このことに気付けば、悩みへの執着心は消える。柔らかな雨とともに。